The Doors - The Doors

ハートに火をつけて  ピンク・フロイド、シド・バレットときたのでホントはシドのソロ作品のバックを務めた英国プログレッシブロックの雄であるソフト・マシーンファーストを書きたかったんだけど、アルバムが見つからなかったので次回に見送り…。

 で、代わりに、と言うか「向こう側」の話が出たのでそこには行き着けなかったけど、極限まで行っていたジム・モリスン率いるドアーズファーストアルバムについて書いてみようかな。この作品もファーストアルバムでバンドの方向性どころか、ドアーズのロックというものを確立してしまった感が強く、名曲のオンパレードでしょう。「The End」のイントロからわかりやすいメロディーに乗せながら歌われる美しくも破壊的な歌詞は既にモリスンの作詞家としての才能は十分に溢れ出ていて、旋律を覚えたのはやはり「Mother, I want you...」です。今聴いても十分に衝撃的なこの歌詞は60年代末期のアメリカ、いや全世界に対して相当の衝撃だったと想像できますもん。一方では「Light My Fire」なんてとってもキャッチーなドアーズの方向を決めた楽曲も印象に残り、ライブバージョンでのこの曲を聴いたことのある人は時代を反映した曲の長さとジム・モリスンの仕草やアドリブなど新鮮な衝撃もあったんじゃないかな。

 アルバムのオープニングは正に「向こう側に突き抜けろ」という「Break On Through」で「Alabama Song」「Back Door Man」とともにブルースを基調とした曲で、ドアーズの本質はやはりアメリカのブルースに落ち着く部分があるんだけど、オリジナリティ溢れるモリスンのカリスマ性は他に類を見ない。エレクトラレコードでポール・ロスチャイルドのプロデュース作品と云うことで、以前も書いたことがあるんだけどポール・バターフィールド・ブルース・バンドのファーストと音質面で酷似しているところも面白くってね、かなり異なる傾向のバンドなのにサウンドが同じという不思議さ。以降のドアーズはベーシストを迎えて制作されているので純粋な4人編成でのドアーズ作品は実は本作のみ。ジャケットの良さも2ndアルバムまでって思うんだけどね。

The Doors - Strange Days

まぼろしの世界  パティ・スミスがカバーしたドアーズの「Soul Kitchen」が素晴らしくハマっていたので、ホンモノが聴きたくなってドアーズを取り出す。うん、「Soul Kitchen」ってファーストアルバムの二曲目なんだよな。やっぱ凄い雰囲気のアルバムだ…。なんて感動しまくったのはいいけどドアーズのファーストアルバムってもう過去に書いてるので、しょうがない。興味ある方はそちらも見て下さい〜。

 で、セカンドアルバム「まぼろしの世界」を引っ張り出して聴き直すことに(笑)。ドアーズってデビュー時の印象が強いからベースレスの4人組っていうバンド編成だと思われてることもあるんだけど、実際にベースが不在のままレコーディングしたのはファーストアルバムだけでセカンド以降はもちろん全部ベースが入ってるんだよね。ライブでは敢えてベースレスを維持してやってたけどね。まぁ、スタジオ作品とライブは別物という考え方で良いと思うけど。

 セカンドアルバム「まぼろしの世界」も基本路線はファーストアルバムと一緒でまだまだ勢いがある初期の状態で曲をひたすら作りまくってレコーディング、そしてどこか幻想的な雰囲気を持った楽曲と、古くから伝わるサウンドを少々アレンジし直したようなシンプルな楽曲をまぜこぜにしてジム・モリソンのカリスマ的な歌を入れれば出来上がり、みたいな感じだけど、それにしては凄くハイレベルで良い作品に仕上がっているので人気も高いんじゃないかな。個人的にはどれもこれも好きなので何とも言えないけどさ(笑)。

 アルバム冒頭の「Strange Days」のイントロからして幻想的でいいよねぇ…。何か引き込まれちゃう魅力たっぷりでさ、それでいて3分の曲っつうのが凄い。この雰囲気はアルバム全体に広がっていて次の「迷子の少女」でもしっかりと引き継がれていてね、いやぁ、幻想的っていうのもあるけど煌びやかな音世界ってのもある。これは多分ギターの音色の問題だけど、キラキラしてるんだよね。そこに鍵盤が妙〜に被さってくるもんだからヘンな雰囲気になってくる。ジム・モリソンの歌も割と普通に渋く低い声で迫ってくるので別に狂気の雰囲気じゃないし。当時はこんなコーラスギターを全面に出すのも少なかったのかな。そんなギターのロビー・クリーガーが本領発揮とばかりにリフを刻む「Love Me Two Times」は3コードのポップソングなんだけど、こういうポップさをきちんと持っているのがドアーズの面白いところ。ジム・モリソンのインパクトだけだったらここまで売れなかったと思うけどやっぱり楽曲のポップさってのが受け入れやすさにかかってる。叫び声とかはさすがにかっこいいなぁ〜って思うのがいっぱいあるんだけど、それくらいなもんで、後はキャッチーなポップソング。うん、アルバム「ソフト・パレード」くらいまではそういうのが続くよね。まぁ、最後までそうだったけど、キャッチーで煌びやかだったのが「ソフト・パレード」あたりまでかな、と。「Unhappy Girl」にしても同じ路線で口ずさみながら聴いてる自分がいるしね(笑)。

 そんなポップな中に所々入り混じるのが効果音とジム・モリソンの叫び声だけで構成された「放牧地帯」とか最後の「音楽が終わったら」とかかな。こういう重さがあるからドアーズというバンドってのは深いんだ。一方ではジム・モリソンが最初に書いた歌詞を元にした「Moonlight Drive」なんていう可愛い曲があったりさ。でも、このバンドって実はブルースに根ざした音楽志向なんだよね。ライブなんかではそんなのばっかをやってたみたいだし。そう聞こえないアレンジ力は凄いんだけどさ。

 うん、やっぱり久々にこういう系統の王道モノを聴いていると改めて凄さを実感するな。この夏は再度王道バンドの実力に感動するシリーズで攻め立ててみようかな…。うん、1967年にこの音を出していた、ってことは40年前の作品か。凄いなぁ…。今でも全く新鮮さを失っていないこのアルバム、面白いっ。

The Doors - Waiting For The Sun

太陽を待ちながら  時代的にはサイケデリックが流行していた頃だが、そんな流れとは全く無縁に孤高の道を歩んで別のファン層を確実に増やしていったカリスマ、ジム・モリソン率いるザ・ドアーズ。どうしてもドラッグと密接に関連してしまうバンドのイメージなのだが、それは音楽というよりも後に作られたオリバー・ストーン監督による脚色たっぷりの映画と、その前の超カルトムーヴィーに位置付けられる運命にある「地獄の黙示録」による連鎖反応…、あ、これは自分の場合のお話。

 話逸れるけど映画「ドアーズ」は結構真に迫ってて面白かった。部分部分の描写なんかはえらく脚色されてたけど、本質的にはこういうバンド、人、だったのかなぁと思い描きやすいものだったし。まぁ、それよりも「地獄の黙示録」の冒頭で「The End」が流れるなかホンモノの死体を使った映像が静かに流れてきて…、で、この長い長いおどろおどろしい話が終わった後にまた流れてきて…、壮絶な映像と狂気じみたサウンドがぴったりと合っているので凄い印象深かった。一時期結構そういうザ・ドアーズにハマったね。

 で、もちろん一躍カリスマスターダムにのし上がったファーストアルバムが印象深いんだけど、今回は三枚目の「Waiting For The Sun」で行ってみよう♪ こいつもヒット作「Hello I Love You」なんつうポップでキャッチーなヒット曲が初っ端から入っていたりするので割とメジャーなアルバム…と思いたいけど、どうなんだろうね?一般的には自分の嫌いなベスト盤なんかでお得に聴いておしまいってのが多いのかな。これまた余談だけどベスト盤ってやっぱ良くないよな(笑)。全部集めた後にベスト盤聴くならわかるけど、最初にベスト盤ってのはどうもよろしくない…、そう思う。ん?普通は最初にベスト盤?いやぁ、それは可哀相でしょ…。ま、いいけど(笑)。で、余談はさておきこのアルバムってドアーズっていうバンドの面白さが結構熟成してきた頃の作品で、質的に面白い。やっぱり好きなのは「Not To Touch The Earth」でさ、まぁ、以前も書いたんだけど「Celebration Lizard」の一節なんだけど、なんつうか印象的で躍動感あって他の曲のポップさとはちょっと異なっていてジムのカリスマ性炸裂って感じでさ、説得力ある。そういう意味では「The Unknown Soldier」もなんだけど、多分「The End」とあ「When The Music Is Over」みたいな重い暗さだけではなくってキャッチーな部分も入っているってのが迫力を増しているトコかな。このバンドってみんなジャズ畑の人で構成されているので演奏が単調なロックに成り切れないのでユニーク。

 ちなみにセカンドアルバム以降はしっかりベースが入っているのでベースレスのバンドではなくなってるのも必然からだろう。しかしまぁほんと多様な楽曲が詰め込まれていてジャンルを跨ったサウンドを持っていたバンドだなぁとつくづく感じる。「Wintertime Love」のワルツ形式でのジャグバンドみたいなところもあれば「Love Street」みたいな可愛らしいポップもあって且つ素晴らしく透明感のある「Spanish Caravan」なんてのもサラリとこなしていてさ、このフレーズ好きだなぁ、あ、スパニッシュの旋律ね。そういうのがしっかりと3分間ポップスとして確立されているってのもドアーズの凄さ。もうちょっと時代が経っていたらどれもこれも5分から10分くらいの曲になっちゃう要素は持ってるからさ。ま、でもアメリカのバンドだからそうはならなかったかもな(笑)。でもって、えらく宗教じみたっつうかなんとなくインディアンの部落の集まりから聞こえてきそうな呪術的メロディとサウンドの「My Wild Love」みたいなのもある…。「We Could Be...」でまた超ポップに戻ってきて「Yes, The River Knows」では伝統的なピアノによるバラードに舞い戻って、こいつが単独でラジオなんかで流れてきたら結構万人がいいねぇ〜っていう感じの歌モノ。いいな、これ…。最後は「Five To One」、う〜ん、このアルバムで一番ザ・ドアーズらしいかもしれない。うん、イメージ通りの曲。しかし実際は逆で、このアルバムではこれが異質な曲なんだろうな。

 基本的にザ・ドアーズってブルースバンドなんだよな。そこにレイ・マンザレクの鍵盤が入ってきたりすると滅茶苦茶ポップで煌びやかな音に仕上がってきて、ジムの歌も可愛く歌う場合と思い切り地を這う歌になる場合とあって、アルバムだと前者が多いだけみたい。で、最後まで書かなかったけど、このロビー・クリーガーのギターはロックギタリストからは理解できないギターで、やっぱ育ちが違うフレーズ満載。それで不思議な雰囲気がいっぱい出ているんだと思う。もちろんドラムもジャズ畑だからちょっと違うしさ。まだロックが歓声されていなかった時代にここまで洗練されたアルバムをいくつも作っていったこのバンドは単なるカリスマのバンドっていうのでなくっても評価できるはず、はず、はず…なんだが、やっぱりジムのいなくなったドアーズはつまらなかったなぁ(笑)。

 ん?あぁ、ちなみにこの「Waiting For The Sun」ってドアーズのスタジオ盤の中では二番目に好きです♪

The Doors - The Soft Parade (1969)

Soft Parade 40年前の7月3日、若くしてこの世を去った一人の英雄がいた。ジム・モリソン、ザ・ドアーズのボーカリストであり全米のカリスマでもあった人。40年前か…、凄い歴史だな、こうなってくると。今でも普通に雑誌の表紙やアートとしてジム・モリソンの顔を見かけることは実に多く、既に死んでいるのかと思うくらいに象徴として存在し続けている。その意味ではマリリン・モンローやジェームス・ディーンとおなじような存在になっているのかもしれない。まぁ、ジミヘンとかもそうなんだけどさ、カリスマヒーローみたいに象徴として残っているってのアメリカは多いよね。上手いんだろうな、そういう残し方が。

 そんなジム・モリソンを配したザ・ドアーズの4枚目の作品にして最も地味な印象を受ける「Soft Parade」。ちょっと前にザ・ドアーズの作品は40周年記念版ってことで新たなるミックスを施して再リリースされていたりするのでオリジナルな楽しみ方を含めて結構多様化している。ライブアルバムもオフィシャルでひたすら乱発され続けているので、もっとダークな側面にもファンの手が簡単に届くようになっているし、このオフィシャルアルバム群でもかなり発見の多いミックスに仕上がっていたりするのもここまで支持率の高いバンドの音だからこそだろう。個人的にはThe Whoのそれと同じくらいにThe Doorsの音についてはその変化を楽しませてもらっている。

 「Soft Parade」…、印象違うなぁ。地味と云えども「Touch Me」や「Wild Child」なんてのがあったりしてそれなりにキャッチー。更に驚くのはギターのロビー・クリーガーが結構音楽面では活躍していたという事実が出てきたこと。ジム・モリソンのセクシーな歌と言葉遣いは何かを超越した存在であることは聴いて即わかってしまうことで、バックの音はと言えば、かなりジャジーな雰囲気をベースにした曲が多く、どれもこれもモード的な雰囲気が漂っているのもユニーク。ジム・モリソンの存在がひたすらクローズアップされてしまうのでなかなか音楽的側面では評価されにくい面もあるんだけど、「Soft Parade」ってそういう意味では結構雰囲気変えた作品なんじゃないかな。おかげで以降どの方向に進むべきかみたいなトコロを悩んだんだろうけど。基本的にブルースバンドでもあるし、聴けば聞くほどにアメリカのバンドの様相がもちろん強いワケで、言われるほどアングラな音世界でもなく、ポップな世界観も強いので実態を見難いバンドのひとつ。こういうバンドってないよな。

 ジム・モリソン、かっこ良いな。

The Doors - Morrison Hotel

モリソン・ホテル ブルースに根ざしながらも独特の個性があまりにも前面に出てしまい、その後の音楽性に悩み低迷し傷付き息絶えたというのが相応しいバンドなのかもしれない。ザ・ドアーズ。とてもそんな風に思うこともなかったし、やはりキラキラとロックの歴史に燦然と輝いているバンド…とジム・モリソンなのだが、ひとつの流れで見ていくとそんな風にも見えるのかな、などと…。かなり好きなバンドで、若い頃から相当熱を入れて漁ってたりしたけどここのトコロは結構ご無沙汰だったんだよね。なので久々にこの流れで登場です。

 1970年にリリースされた既に5枚目のオリジナル作品となる「モリソン・ホテル」。ここまでのドアーズというのはその実あまり伝わってきていなかったし今でも伝わり切れてないのかもしれないけど、最初期の圧倒的な歌詞と個性と幻想的なサウンドだけでは済まなくなってきていて、ライブではブルースのカバーソングも含めて相当ブルージーなバンドとして重ねてきているのだ。ところがジム・モリソンが圧倒的な存在感を出してしまったがためにそういう側面が薄れて見えていたんだな。いくつかのライブ盤を聴いてみるとわかるけど、もう完全にブルースバンドです。この「モリソン・ホテル」というアルバムがブルースに根ざした…と言うようなレビューもあるんだけど、そりゃそうだろ、と。元々ブルースバンドだったんだから今更何を、ってなもんだ。

 それでもかなり洗練されたものでね…、最初の「Roadhouse Blues」ですらツェッペリン的にかっこよいリフを持ってきたブルースロックナンバー。もっとも起伏に欠ける部分はあるんだけど、それもまたクールな雰囲気を出していてよろしいし、非常に好きですね。次は三枚目のアルバムタイトルともなりながら外れてしまった「Waiting For The Sun」…、確かにハズされてもしょうがないか、というような感じはあるけど悪くない幻想的なドアーズらしい出来映え。ブルースバンドとは思えないです(笑)。そしてライブでもひとつの盛り上がりになっている「You Make Me real」はもっとパンク的というような激しい作品でジム・モリソンらしさが出ている攻撃性のある曲で一気に聴ける。「Peace Flog」はもうギターでかえるの雰囲気をず〜と出しながらもやっぱりブルース上がりのバンドというようなコード進行がそれらしくて面白い。かなり最初期に似てきた部分多いもん。それでも「The End」や「Light My Fire」みたいな奇跡はなかなか起きないんだな…。レベルは無茶苦茶高いよ。同時代のアメリカのバンドや英国のバンドと比べたってそりゃ凄いさ。「Ship of Fools」なんてかなり新しい試みだと思うし、こういう軽さが同居しているのもセカンド以降のドアーズらしいユニークさ。

 と、ここまでが「Hard Rock Cafe」と題されたA面だったのだ。以降は「モリソン・ホテル」と題されたB面。

 詩世界を強調している面で音楽性としてはなんとも不思議としか言えないのだが、「モリソン・ホテル」とは大層なタイトルを付けたものだ…。はて、「Land Ho!」こそドアーズらしい世界観だしジム・モリソンの世界か。もうちょっとフックがあればこれまでの名曲群と並ぶ物だが、惜しい。そんな世界観の延長に「The Spy」というものがある。ブルースというよりもジャズ的…これもドアーズらしい要素なんだろうけど、ジャズな世界と幻想的な美しさ…40年代のアメリカを想像させるような世界を醸し出すプロフェッショナル感。そして「Queen of The Highway」…、見事なアルバムB面の流れだ。正しく「モリソン・ホテル」と題されるに相応しいアルバムの展開。これもまた幻想的でどこへ行くのか不思議な旅立ちと言うような世界…、お手の物かのように収められている。更にその世界観は「Indian Summer」でより一層深められる。これぞ昔からのドアーズの音世界。掴み所がなく浮遊した音を耳にしながらただただその音に身を任せるのが得策か。こういう繊細さがアメリカのブルースバンドの模倣だけに留まらなかったアーティスティックな側面、見事に再生と新世界を提示した「モリソン・ホテル」…、実際にあるのなら一度は訪れてみたいまさしく幻想の中のホテル。

 何度となく聴いているしタイトルだけでも音が浮かぶくらいのアルバム「モリソン・ホテル」なんだけど、やっぱりこうして改めて聴いてみるとその凄さに驚き、感動する。まったくロックの名盤ってのは時と共に益々輝きを放っていくものなのだと感じるね。こういうのを何度も聴いていたから最近のは全然面白く聞こえないハズだ…。今では40周年記念盤ってのもあるみたいで何やら色々とレアなトラック入ってるみたい…iTunesでMorrison Hotel (40th Anniversary Mixes)として置いてある…。

The Doors - L.A.Woman

L.A.ウーマン   1971年にリリースされたThe Doorsのラストアルバム…ってかジム・モリソン参加のラストアルバムとなった「L.A.Woman」、既に40周年記念盤までもリリースされている古い作品だ。昔The Doorsを結構聴いていた時期にはもちろん最初の「Doors」から全部順番に聴いていって、そのカリスマ性とか神秘性を秘めた初期作品をやたらと聴いていたもので、この「L.A.Woman」はちょっとアメリカし過ぎててThe Doors独特の神秘性ってのが薄れてるよな…と思って他のアルバムに比べたら全然聴いた回数は少なかった。ところが、40周年記念盤がリリースされた時に自分の手持ちレコードを聴いてて、ちょっと違った印象は受けたんだよね。かなり硬派なブルース・バンド、な印象とでも言えば良いかな。元々The Doorsってライブだと古いブルースナンバーなんかも普通にやっててあの神秘性の高い楽曲よりもそっちのブルース的要素のほうが強く出ていたバンドで、ジム・モリソンというカリスマがいなきゃそれほどのバンドにはならなかったのは明快なワケで、音楽的にはそんなもんだ。ところが各アルバムではそこに神秘的な歌詞と影響されるサウンドが重なってユニークな音作りになっていったんだな。それでもバンドは1967年から1971年までに6枚のオリジナルアルバムをリリースというハイペースだったのもあって疲弊していたようだ。

 そんな背景や色々とあって「L.A.Woman」。硬派なソウルブルース・ロックバンド、アメリカに根差した音と気怠く男臭いボーカルを配した作品に仕上がっていて初期のThe Doorsからしたらたった4年の間でここまで変貌してしまったかと思うばかりのサウンドだ。ところが、冷静に考えてみればこの方向性ってのは以降もずっと続いていけるサウンドで、悪くない方向性だったんだなとも思う。本来バンドの中にはメンバーとして存在していないソリッドなベースが中心となったアルバムになっているという不思議。やはりベースという楽器の重要性を一番理解していたのはバンドそのものだろうから、ここまでクローズアップしているのだろうか。カリスマ性を除いてみればジャジーなギタリストとサイケがかった鍵盤、ソリッドなドラマーによるバックで、ファンキーなベースが入っているというアメリカなバンド。そんな指向性をきっちりと示した作品が「L.A.Woman」だ。アルバム全編に渡って陰りや神秘性なんてものは皆無で、硬派でソリッドなバンドの疾走感溢れる演奏が心地良い。名作とは言わないが、新たな方向性としては期待させる音、かも。

 昔はそんな風に聴けなかったんで、自分の耳も成長したな〜と思う。こだわりがなくなってきた、とも言えるのだが(笑)、それと全然The Doorsなんて聴いてなかったから久々に聴いてカッコ良さを再確認したってのもあるか。いずれにしてもやっぱりこのヘンのロックのスピリッツは何十年ロックを聴いていても好きなものだ、と。



The Doors - Live At The Hollywood Bowl

ザ・ドアーズ ライブ・アット・ハリウッドボール [DVD]  60年代を代表するバンドでありながら60年代を代表するフェスティバルであるモンタレー、ウッドストック共に出演することのなかったザ・ドアーズだが、当然ながら質の高いライブを繰り広げていたことは最近の彼等のライブ盤などのリリース状況を見れば一目瞭然で、これでもかとばかりに、まるでジミヘン並みに当時のライブをオフィシャルサイト経由で流通させている。21世紀の新たな販売戦略のひとつであるネット購買が主であるが、もちろんファンはこれに享受して恐らく何でも揃えているに違いない。自分が一生懸命集めていた時のザ・ドアーズのライブ盤と言えば「Live At The Hollywood Bowl」「Absolutely Live」「Alive She Cried」くらいのもので、特に「Live At The Hollywood Bowl」のビデオには全く度肝を抜かれたものだ。これがドアーズかぁ、ジム・モリソンかぁ…って。

 時は1968年7月5日、モンタレーから一年後、ウッドストックから一年前、彼等はハリウッドボウルという巨大な会場で延々と内に籠もるインサイドなライブを繰り広げていたワケだ。時代はどちらかと言うと開放的な風潮にある中で、しかも西海岸のバンドとしては相当異色な存在だったことは全く想像に難くないが、それにしてもジム・モリソンのカリスマ性は今見ても惹かれてしまう面があり、知性を放っている。そんな存在や伝説ばかりに感化されていた時に昔懐かし「ベストヒットUSA」でこの「Live At The Hollywood Bowl」から一曲、って言って何かが流れたんだよね。それがもの凄い衝撃的でビデオを探し回って見た。何度も見た。辛かった(笑)。決してポップでキャッチーな、ベスト盤で聴けるような曲などをほとんどプレイすることなくバンド本来の持つブルースに根ざした演奏とアドリブが延々と続けられる彼等の楽曲ばかりが収録されており、一般的に簡単にドアーズ好きだよ、って言うファンを一気に遠のかせてしまうライブなのだ。今のバンドでは考えられないくらいにシニカルで媚びないロックを実践していたバンドでもある。

 冒頭から「When The Music Is Over」だ。冒頭から10分以上のアドリブをかます曲で始まるのだ。ありか、それ?しかもジムの第一声はいきなり叫び声だ。あの、叫び声から始まるのだ。これは惹き付けられるか離れるかしかないよ、ホント。しかも当時の機材だから16トラックの音と4カメしかないわけでほとんどがジムの左側面からのショット。続けて何曲かブルース定番の彼等の曲が延々と歌われ、そのカリスマ性を見せつけてくれるしバンドのアドリブなどもさすがだが、淡々と繰り広げられていくその様相はハマらないと結構キツイだろうね。しかし、ジムの真骨頂の物語のひとつでもあるオリジナルアルバムには未収録だがライブの定番曲で大変人気の高い「Celebration Of The Lizard」からの展開には目を覚ませられる。もちろん原曲らしきものは3枚目のアルバム「Waiting For The Sun」に「Not Touch To The Earth」として収録されているんだけど、やはりライブの「Celebration Of The Lizard」はやはり別格だ。

 何かに乗り移られたような仕草でパフォーマンスを演じる…、いやパフォーマンスではないのかもしれない、彼は多分本当にその気になって、すなわち蜥蜴になっているのかもしれない、そう思わせるほどの様相で曲を昇華させている。凄い。やはりタダモンじゃない、うん。目を閉じて一人語り続ける伝道師、他の何者も寄せ付けないカリスマ、それをたっぷりと楽しめる一幕でもある。そしてハッとするような「Spanish Caravan」の美しき旋律に彩られて現実の世界に戻りつつあるが、「Wake Up!」から語られるジムの朗読、そして唐突に始められる「Light My Fire」の光が差し込むような展開はあまりにも美しい。演奏も激しく熱を持ってプレイされ、更にライブ時にできあがりつつある詩がどんどんと繰り広げられ恐ろしいまでに美しき邪悪な詩として披露され、強烈なクライマックスを迎える…。そして「The Unknown Soldier」というこれまた長い曲が続き、銃殺隊を模倣したシーンはアメリカのバンドならではの展開だろうか、この一幕も衝撃的なシーンであり、それに併せた曲展開も見事なもの。他の誰にもできない、決して真似の出来ないライブは一発で印象に残る代物だ。最後はもちろん「The End」…。美しい終わりの詩、強烈なアドリブによる詩が狂気を垣間見る、そんな内容で間奏時では歌詞に合わせて虫を拾う仕草をしてみたり、本当にアーティスティックな表現者として存在しているジム・モリソン。全編を通してほとんど動かない彼の存在感は圧倒的。そうしてこの映像は終わりを迎えることとなるのだが、正直言って見るたびに精神を消耗し、中途半端に取り組もうものなら即座に見放される、そんな印象を持たせる重いライブ映像ではある。

 昔はレコードでもリリースされていたり初期はCDもリリースされていたんだけど、最近は出てないのかな。それにしてもいっぱいライブ盤が出ているなぁ。「Absolutely Live」もジャケットが変わってるし、「In Concert」ってのも出ているし、ボックスセットでは各種公演が入っているしDVDもいくつもリリースされているし、やはり世代を超えた人気があるんだろうね。一回ハマってみると抜けられないダークな世界がここにある。

The Doors - Live At The Matrix 1967

Live at the Matrix '67  60年代を生き抜き、70年代を生き延びられなかったカリスマ、ジム・モリスン。やはりドラッグとヘロインの餌食として祭り上げられる英雄のひとりで、今でも諸説飛び交う人。なんだろね、かなりクレバーな人なのでドラッグやヘロインで自殺する程の量を摂取するとは思われないんだよね。となると恋人のパメラに討たれた注射が過剰だったという説がマコトかもしれん。今となってはわからない真相ではあるが…。そんな時代の寵児でもあったジム・モリスンを配したドアーズ。

 大分前から未発表ライブ音源なんかがちょくちょくとリリースされていて、ドアーズの歴史を細切れに出していたみたいなんだけど、去年の暮れにもまたひとつ古い音源が世に出された。1967年の3月にサンフランシスコで行われたライブ「Live at the Matrix '67」として相当編集されてリリース。ライブの曲順も全然違うしねぇ…。まぁ、それはそれである意味コンセプトもあるからわからんでもないが。

 ディスク1がファーストアルバム中心の選曲、二枚目はセカンドアルバム中心の選曲。実際のライブはもちろんそんなこと意図されていないので全然異なる曲順で、しかも二日間で40曲くらいやってて、もちろんダブって演奏している曲も多数あるわけでして…。いや、この頃って一日に3セットとかライブやってたらしいからさ。まぁ、そういうマニア的な見地からしたら非常に不満の残るライブリリースだったようで…。それでもやはりオフィシャルでリリースされる最初期のライブってのは貴重でしょ。セカンドアルバムの曲が…と書いているけど、実際にはコレ、ファーストアルバム発表後数週間程度でのライブの様子を記録しているんだからさ。そこでセカンド云々もないんだよね、ホントは。

 しかし、しかし、だ、あのドアーズ独特の緊張感漂うライブのテンションではないように聞こえてしまうのは何故?実際そうだったのかもしれない…。そうだったらやはり「Absolutely Live」とか「Alive, She Cried」ってのは凄いライブを編集していたことになるが…。

 元々ブルースとジャズをベースにするバンドで、それは最初期からそういった曲を演奏していることがここでもわかるし、他のライブなんかでもわかる。アルバム「モリソン・ホテル」くらいからは顕著にブルースへと回帰していることも有名な話だしね。ジム・モリスンの際立ったカリスマ性が単なるブルースバンドという印象を全く見せなくしているけど、実は所詮ブルースバンドしかできないバックの面々という本質もあったりする…。ま、ジャズもかじってるけど…みたいなさ。だからブルースなギターソロとかはほとんど聴かれないんだよね。そういう中途半端さが面白いのがロック、そしてジム・モリソンの偉大なるパフォーマンスこそがロック。そんな最初の頃の記録がこの「Live at the Matrix '67」という記念盤。決して当時のライブの模様を求めるアルバムじゃなくて、ひとつの記念盤。やっぱ、ヘンだもん、この曲順…とライブ好きな人間は思うだろう…。

Jim Morrison & The Doors - An American Prayer

An American Prayer 1971年7月3日、アメリカの産んだ偉大なるカリスマ、そしてトカゲの王がフランスで謎の死を遂げる。60年代から走りまくってきた奔放さから離れて自身が追い求めていた詩人としての道を貫くために人生を変えようとしていた矢先だった。ジャニスもジミヘンもジム・モリソンもブライアンも皆ドラッグで逝った。歴史的には美化されているがやはりその才能を考えるともったいないものだと思う。ま、それでこそロックなんだろうけどね。だから一般人ではなかった、ってことだ。そのジム・モリソンは圧倒的に他のロックシンガーとは異なり「詩人」だった。言葉にこだわった人で、生前からステージでもスタジオでも詩の朗読を行っていて、朗読集みたいなものを創りたがっていた人だったと知ったのはドアーズを知ってかなりしてからだと思う。もちろん聞いて衝撃を受ける作品がいっぱいあったからなんだけど、その中で「An American Prayer」というアルバムがある。これがまた面白いのでここで紹介。

 1978年リリースなので死後7年後の作品だ。ジム・モリソンの死後ドアーズは三人でAOR的な音を出したアルバムを2枚リリースしていたが泣かず飛ばずに終わり解散状態だったが、ジム・モリソンが残したテープを整理しているウチに未発表の詩の朗読がいくつも発見されたことから、ジム・モリソンがやりたがっていた詩の朗読のバックに音楽を付けると言う作業をバンドはやってみることにした。もちろんバンドはジム・モリソンの呼吸やメロディセンスを知っていたことで、その作業に着手してみるとまるでドアーズの再生のように作品が仕上がっていったと言う。

 冒頭の「Awake」は恒例の「Wake up!」の雄叫びから始まるイントロダクションだが、以降ジム・モリソンの低い声ではっきりと呟く詩の朗読に見事にバックのメンバーが爽やかなサウンドで音を付けている。一聴しただけではまさか後から音楽を被せているようには絶対に聞こえないし、一緒にアドリブでやっているのだろうとしか思えないシーンもいくつもある。それこそがバンドという呼吸感の凄さなんだろうな。「Newborn Awakening」という曲では軽やかにジム・モリソンが詩の朗読と共にメロディを口ずさむのだが、それにも見事にバックが合わせてあって事情を知っていると驚くようなことばかり。それだけ作品としてよく出来ているということだ。

 「Roadhouse Blues」は当時未発表のライブ音源からと言われていて、今は出てるのかどうかしらないけど、多分60年代のライブなんじゃないかな。やっぱり生々しいライブはかっこよいね。ここが多分このアルバムのピークで、モノ哀しいシーンへと突入する。アルバム全体に起伏を付けて流しているのも彼等の音楽的センスなのかなぁ。ロビー・クリーガーのギターの音も切なくてよろしいんです。そし自分的にこのアルバムの中で一番美しいなぁ〜と思うのが「A Feast of Friends」のバックのメロディ。ジム・モリソンの朗読の暗さを引き立たせるかのようなメロディでさ。多分クラシックのパクリなんだけど(笑)。いやぁ、この部分が凄く好きだなぁ。最後のジム・モリソンのアカペラの歌メロに繋げて奏でられる「Bird of Prey」ももの凄く良いけどね。

 そんなことで最初はどうやって詩の朗読に合わせてここまで作れたんだろうと不思議に聴いていたけれど、そのうちこの作品の良さにハマり始める。そういう意味でかなり変わり種の作品であることには違いないけど、ひとつの挑戦とジム・モリソンへの敬意なんじゃないかな、と。うん、この後「地獄の黙示録」でカリスマの度合いに拍車がかかり伝説のバンドへと昇華されていくことを思うとこの作品のリリースは良かったんじゃないかな。

The Doors - Weird Scenes Inside The Gold Mine

Weird Scenes Inside the..   The DoorsのCDがまたしてもリリースってことで何だろな、って思ってたんだけど1972年にリリースされた「Weird Scenes Inside The Gold Mine」と言うベスト盤の初CD化らしい。そうか、まだCDになっていないアルバムってのがあったのかと言う事実に驚いた。もっとも自分もこのアルバム自体を気にしたことなくて知らなかったんだが、2曲くらいはシングルのB面曲なのでアルバムでは聴けないのがあるってことで、それらも今回はリマスタリングされての収録登場。まぁ、ボックスセットやら何かのボーナストラックとしては収録されているらしいけど、自分なんかはもう古いの持ってるからそれで十分みたいなリスナーなので初聴き。割と好きなバンドではあるけど、まだまだ知らない曲があったとは。ま、確かにアルバム全部歌えるほど好きか?ってんでもないか…。

 The Doorsって初期4枚くらいまでかな…、カリスマ的にカッコ良いのは。所詮ブルースバンド的な音ではあるので楽曲そのものは大したことないんだよね。ジム・モリソンの歌詞とカリスマ性が突出してるから圧倒的ではあるが。ライブなんか聴いてるとそれがモロに出てて、アドリブ系のは全部ブルース。困った時もブルース、でもギターが凄いとかじゃないからちょいと困る。鍵盤はジャズだからややヘンな感触があるが…それでも基本はポップスっていう路線で、世界観も途中でネタ切れ的でやや喘いでたんじゃないだろうか、とも思う。まぁ、今にして思えば、ってだけでやっぱり凄いバンドだ、というイメージがあるから冷静に聴かないけどさ。こんなヘンなベスト盤聴いてて思ったこと。


Live at the Aquarius Theater: First Performance

Live at the Aquarius Theater: First Performance   The Doorsも発掘ライブをどんどんとオフィシャルとしてリリースしているバンドのひとつで、背景は色々あるみたいだけど何よりも生々しくライブがきちんと聞けるってのは大きい。メジャーどころのライブアルバムも幾つかリイシューされて長尺版になっているけど、今回の「Live at the Aquarius Theater: First Performance」は一般的なライブ盤としては「In Concert」や「Live in Hollywood - Aquarius」の拡大版と捉えた方がわかりやすいだろうか。1969年7月のアクエリアスシアターでのショウは昼夜2回公演が行われていて、そこからの抜粋版が「In Concert」や「Live in Hollywood - Aquarius」でリリースされているんだけど、実はこっちの「Live at the Aquarius Theater: First Performance」「Live at the Aquarius Theater: Second Performance」の方が先にリリースされていたらしい。自分的には全然意識していなかったんで記憶ないけど…。ドアーズのライブって1970年のが多く出てるんだけどやっぱり時代的には1967〜68年頃のが白熱していてロック的なのが多いから好きでね。これは1969年だからかろうじて、かな、どうだろ?っていう興味が大きかったのと、アングラでは発掘されていなかったんじゃないかなぁ…、だから自分的にも新鮮だったてのは大きい。他のは結構出回ってたから聴いたことあったし。

 このライブ、かなり上々。少なくともジム・モリソンは普通に歌っているんでそれだけで及第点、ライブという体を成している、そうするとライブそのものが引き締まってドアーズの真骨頂が発揮できていると言えるワケで、そうするとやっぱり素晴らしいライブに仕上がるってことだ。ホント、このバンドは自分たちの生み出したヒット曲や挑戦曲よりもオールドタイムなブルースをアレンジしてやる方が好きなのか、サイケデリックブルースバンドという位置付けでの曲がライブを占める。オリジナル曲の価値なんぞ大して気にしていないとでも言わんばかりにブルースばっかりなんだもん。だから慣れるまではドアーズってレコードで聴くバンドの印象とライブでの地味なブルースバンドとのギャップを感じるだろうし、一般的にはこのブルーズばかりの、そして上手くもないボーカルでそれを歌うドアーズのライブはさほど面白く聴こえないだろう。聴くと重いし。だから表に出すライブ盤はもっとドアーズらしい体を装ってリリースしないといけないという帰結。

 やっぱりディープなリスナー向けなんだろう、これが昼夜2公演ともリリースされているんだからマニアには堪らないアイテム、そして一般には「In Concert」でこのライブの凄さを伝えているという見事な商売感覚。それにしても多数のライブから曲を選び出し、また曲順も入れ替えての編集ってのは何を基準にやるんだろうなぁ…、バンドが考えてた曲順じゃなくてもっとライブに相応しい曲順ってのを考えるんだろうけど、それって多分センス…だな。やっぱり生々しいライブ音源が好きです。

Absolutely Live

Absolutely Live   1970年、そうジム・モリソン存命中にリリースされた意思を持ったライブアルバム「Absolutely Live」。今じゃ「In Concert」としていくつものライブが纏められたナイスな2CD盤なんてのもあって、普通はそっちのがお得なんだけどアナログ世代はやっぱこっちなんだよね。ジャケットもCDじゃ違うからその辺もうちょっと思い入れたっぷりにはならないけど、まぁ、聴けば同じだし、色々と思い出すこともあろうってもんだ。自分的にはドアーズを知ってすぐくらいにこのアルバム聴いたから凄い衝撃…と言いたいけど、実際は凄く退屈だったワケ(笑)。だってさ、数少ない知ってる曲が入ってないし、聴いてみれば冒頭からかったるいブルース調の曲ばかりで全然綺羅びやかじゃないし、ジム・モリソンのしゃべりとか叫びばかりで何言ってるかわかんないし、つまんなかった…っつうか辛かった(笑)。でも、まだそういうのを克服しなきゃてのあったしブルースとかも聴き始めてた頃だから段々分かってきて面白くなってきて…長い曲も楽しみ方分かってきて…ってね。そのヘンからはもう凄さを楽しむようになったかな。ただ、それはそれでハマり込み過ぎて疲れたけど(笑)。

 テンションの高さがハンパないライブアルバムで、オルガンがメインなバンドなだけあってプログレ的だしさ、ギターはジャズメンだから普通のフレーズじゃないし、そんな不思議感満載なのにブルースからです。しかも超王道…だけどこの頃からしたらついこないだの音ってくらいなモンだからアメリカ人がこういうのやるのは不思議でもないかと。選曲が英国のロック小僧達とは大きく異るのはやっぱり本場での影響だからだろうか。ジム・モリソン的にはブルースってやりやすかったとは思うけどね。そんな淡々とした始まりからどんどんと熱が入ってきて、最初のピークはやっぱり「When The Music's Over」だろうなぁ…、生々しい歌声に有名な「シャラップ!」そこから軽めに…いや軽くないんだけど、軽めに曲を進めて軽快な「Break on Through」…そして本作一番のテンションで決めてくれる「The Celebration of the Lizard」。いや〜、これはハマったなぁ〜、一体何が始まったんだ?って思うくらいの狂騒曲で、もちろん歌詞がどうのとかわかんないけどこの圧倒される雰囲気と絶大なるカリスマの象徴、もちろん映像じゃなくて音でそれを実感できるんだから凄い。生々しい録音だから余計に目の前にいるような感じすらするし、こういう精神的に土着的に宗教的に盛り上がってくるのってなかなか聴くことないから刺激的だし。もう何年も聴いてなかったけど久々に聴いてみてもまた同じようにゾクゾクと盛り上がってきたからこれはもう本質的にそういうのを持ち得ているジム・モリソンの表現力なんだろう。

 案の定疲れた(笑)。久々にぶっ通しで聴いたけど聴いてて力入り過ぎちゃうんだよな、これ。しかも息つく間もないままに次々に進んでいくから実に重いしさ、それでいてベースが無いのもあって音的な重さはあまり無いわけ。じゃ、何?って話だけど、そういうバンドなんです。これからドアーズ聴くんだ、って人が羨ましい。ここに辿り着いてこのライブ盤をとことん楽しめたらかなり人生面白くなるハズ(笑)。


The Doors - Other Voices

Other Voices  自分も歳を取ったよな、と思うことあるけど往年のロックスター達が天命を全うしていく知らせを聞き、その時に彼らの年齢を目にするとそりゃ、もうそんな年なのか、と思うことが多くなった。当たり前と言えば当たり前で、自分自身ロックを聴いてから既に30年くらいになるワケで、その最初期から伝説だった人物やバンドなんだから結構な年齢であるハズだよなと。世を去る事は自分としてはさほど影響ないけどそれによって多々考えることや思いを馳せる事は幾つもある。今回はレイ・マンザレクだった。74歳…、そっか、そんな歳だったのかと改めて驚いたものだが、一方のカリスマ、ジム・モリソンは永遠に27歳のままなワケで、その幻影に追われ続けた一生だったのかなとも思ったりする。

 ジム・モリソンがいなくなった後のドアーズ…それはドアーズというバンド名じゃなくても良かったのだろうけど、当然ながらドアーズという知名度がバンドを助ける話になるのは一目瞭然、そして残された三人は音楽的にはドアーズを継続できると思ったに違いない、そしてそれは間違いではなかったのだから。そんなことで、歴史上から抹殺されているドアーズの世界にスポットを当ててみたい。何せレイ・マンザレクのソロアルバムに近い体裁とも言える時代なのだから。

 1971年10月、即ちジム・モリソン没後3ヶ月にしてリリースされたジム・モリソン抜きのトリオ・ドアーズのアルバム「Other Voices」はタイトルそのものが体を表しているとも言える。実態はトリオどころかベーシストやパーカッションなど何人ものメンバーをゲスト的に加えて音の広がりに挑戦しているのだが、売り出しとしてはジム・モリソン抜きのドアーズというトコロだ。40年以上が経過した今、このアルバムの存在は抹消されているが、今の機会じゃなきゃ聴かないだろうと思うのでレイ・マンザレク追悼の意を込めて聴いてみてほしいが、相当面白いです。自分はアメリカのロックについて詳しくないしあまり好まないのもあるけど、ドアーズは好きだったし、その音世界だけで聴けるのかもな、なんて思ってたら意外や意外、確かにドアーズの世界そのままでした。歌がさすがに弱いと言うか、ジム・モリソンをイメージするならダメだけど、ドアーズという音楽を好きな人なら問題ないはず。あのジャジーで滑るようなギターの音色とオルガンによるドロさにデンズモアのドラムはしっかりと健在なのだからバックの音だけで言えば明らかに進化系のドアーズだ。ともすればこれでジム・モリソンが歌を歌っていたら確かにドアーズの新作として不思議のない出来映えだったろうなとも思う楽曲群。どうせ歌詞などまともにわからない自分からしてみたらドアーズの音楽という意味で「Other Voices」は相当に面白い音だと思わざるを得ないね。惜しむらくはどうしてもジム・モリソンの歌をイメージしてしまうから、ってことだ。

 軽快でキャッチーで様々なチャレンジにレイ・マンザレクのジム・モリソンばりの歌い方によるボーカルがより一層気合を感じさせる。実際は知らないが、メンバーが亡きジム・モリソンに聴かせたかったドアーズのアルバムだったのだろうと思う。そしてその思いはしっかりと音に現れている。「Other Voices」、侮ってはいけない、レイ・マンザレクが多分最も気合を入れて作った作品のひとつなんじゃないだろうか。再度言うが、今を機に「Other Voices」を聴いて再評価すべきだ。1971年の音楽シーンからしても十分に刺激を放っている作品だと思う。



映画 ザ・ドアーズ

ドアーズ ついでだからちょっと脱線して映画の「ドアーズ」について走ってみよう(笑)。1991年に上映されたこの映画、もちろん云わずと知れたオリバー・ストーン監督の60年代懐古シリーズ三作目…ちなみに「プラトーン」「JFK」に続いての作品で、どれもこれも印象的な作品だったので十分に期待して見に行った、しかもジム・モリソン率いるドアーズの伝記映画っつうことでそりゃ、ロックファンは駆けつけるワケだな。

 まずはバル・ギルマーのクリソツの演技というか風貌というか熱演というか、もう本人に成り切っているしルックスもそんなに似てたっけ?って思うくらいそっくりで、もう素晴らしいの一言。恋人役のメグ・ライアンもどこか初々しくってヒッピー的でなかなかだったし、黒魔術的な女も雰囲気あってよかったな。映画作品として見れば、もちろんへぇ〜って感じでライブシーンとかも本当のドアーズのライブで行われた模様を再現しているし、概ね伝説的な面は劇化しているみたいで当時は結構ハマった。サントラもドアーズの楽曲の別バージョンが収録されているとかあって、割と珍しいテイクだったような。コアなファンには不評だったり映画ファンでロックを知らない人はこの映画何が言いたいの?って感じらしいが、そんなことはどうでもよくって、ジム・モリソンっていうのはこんなような人だったんだよ、っていうオマージュなんじゃないかな。もちろん映画的に脚色しているところもあるのはよくわかるんだが(笑)。いや、でもやっぱり面白い。インディアンの霊が憑依してくるシーンは多分創作なんだと思うけど、雰囲気あってていいしね。

 これだけの有名な人がロック映画作るってのもなかなかないからそういう意味では結構革新的。オリヴァー・ストーンって昔は問題作をよく作ってたけど最近聞かないな。知らないだけかもしれないけど。「プラトーン」とかなぁ、やっぱ強烈だったし。話も映像も、そしてアクションも。結構焼き付いてるな…。

映画 地獄の黙示録

地獄の黙示録 特別完全版 60年代アメリカ文化を描いた映画は非常にたくさんある。それと言うのも当時ベトナム戦争真っ最中ということもあって、題材に取り上げられやすいというのと、ヒッピー文化、フラワーチルドレンと呼ばれる世代、またロックではもちろんウッドストックという象徴なんかもあるね。そんなことでこの時代を描いたものはいくつでもあるけど、今でもダントツにインパクトを放って自分を惹き付けて病まない作品がある。

 「地獄の黙示録」  そんなに何回も見て研究するほどハマってたワケじゃないけど、最初に見たときから強烈な印象が残ってて、もちろんドアーズの「The End」の美しさも実感してたんだけど、自分的にはドアーズを知る前にこの映画を見ていて、なんか凄くハマったサントラだな…という印象でドアーズを聞いていた。何せ映画が始まった冒頭から雰囲気たっぷりのシーンに溢れていて、そこで既に「The End」のあのイントロが流れるワケだからインパクトあるはずだ。

 映画そのものの話となると、これはもう深く研究している人がネット上にもいくらでもいるし、素人的に大して書けることはないのだが、明らかに狂気というテーマを打ち出して一般に知らしめた作品だと思う。狂気って、ロックの世界でも結構出てくるんだけど、真の狂気となるともの凄く静かなものだったりするんだと思う。シド・バレットのソロ作品なんて聴いていると一見まともな音楽に聞こえるしさ。でもその中に狂気が確実に存在していて、それは発狂というのではない。「地獄の黙示録」にもそれが描かれていて…、まぁ、映画だからもうちょっと直接的な表現があるので実際に狂気の断片が見て取れるんだけど、その存在感と権力を誇示することで狂気を見せている部分もあるのかな、ちょっと表現が難しいが。そこにT.S.エリオットの詩が持ち込まれたりして妙に静寂さがあったりさ。

 最初にこの映画を見たときは何か凄い戦争映画と思ったし、後半のカーツ大佐のシーンなんて気持ち悪いだけだったけど、そのうちカーツ大佐のシーンの方が興味深くなってきて、それまでの映像は序章でしかないとまで思うようになったくらいあの狂気のシーンにハマっていった。唐突に出てくるデニス・ホッパーのヒッピー記者という役割も、今度は実態としてこの時期のヒッピー役にはこの人ぴったり、っていう感じで笑った。

 えっと、音楽的な話で言えば「地獄の黙示録」の映画で使われたドアーズの「The End」は通常のスタジオ盤から6分半くらいに切りつめられたバージョンで、一部のベスト盤に収録されている…って言っても、まぁ、編集によるものなので大したことはないか。それよりもアナログ時代のサントラの迫力が凄かったなぁ。リマスタリングCDの音は未聴だけどさ。